コーポ啓21号室~偽コンビクトの日々戯言

50歳を過ぎてもまだまだぼやくぜ

Somebody's watching you

今日は大好きなソウルマン、オーティスレディングの命日です。悲しい歌を全力で歌うことが出来るあなたが本当に好きです。

今日も得意の休日出勤。昨日よりは暖かかったが、寒い日が続く。北国はしんどい。ということで、携帯の着メロも期間限定で「雪国」にする。吉幾三先生は、演歌界で唯一私がリスペクトしている存在だ。

帰ってきたらもう日が暮れていた。年賀状作成に取りかかる。今年は喪中の人が多いので、書く枚数も減った。と言っても、私は基本的にそう熱心なほうではないので、もともとたいした枚数書いていないのだ。去年くれた人にはだいたい出してるけど。パソコンで楽して書くようになってからというもの、たいして億劫でもなくなってきているのだが。私は絵心がないので、以前はいつもボールペン一本勝負で活字ばかりの年賀状を出していた。

ダラダラとインターネット巡回をしていたら、大学時代の先輩である桑原さんの写真を見つけた。私は大学時代の4年間尺八吹きをしていたのだが、まさにその時代の師匠にあたる人である。今では不思議に思う。なんで純邦楽なんてやってたんだろ。
4年間で私はスパッと尺八吹きをやめてしまった。1番の理由は「才能がないから」であるが、もう一つ「純邦楽をそんなに愛することは出来なかった」という理由もあった。始めたきっかけは皆さまざまだが、後々まで楽器を続ける人は邦楽に対する愛情の深さが違うものだ。例えば、自分に部屋で聴く音楽も全部純邦楽になってしまったり。私は練習時以外はあいも変わらずロックンロールやブルースばかり聴いていた。自分でやる曲以外はほとんど聴かなかった。好きだから聴くのではなく、参考にするために聴いていたのだ。
だから一年生の時にもう
「尺八は四年間の思い出にして卒業したらきっぱりやめよう」
と決めていた。
今この歳になって少しもったいなかったかな、と思う時もある。下手は下手なりに趣味として続ける道もあったかな、なんて。まぁ、今の生活ではそれは到底無理な話なのだが。

でも、思い出として残っているのは、演奏内容のことではなくて、当時の他愛のない出来事ばかりなのです。みんな元気でやってるのだろか。