コーポ啓21号室~偽コンビクトの日々戯言

50歳を過ぎてもまだまだぼやくぜ

俺はコロコロと変わるぜ臨機応変に変わるぜ

デタラメなこと言いふらしイメージをデッチ上げるぜ
俺のシッポは誰にも掴めねぇ

今日は比較的暖かかった、ので田子町に行くのもなんとかなった。路面凍結じゃ行きたくないじぇ。だいたいだな、積載車を運転すんのは普通の車を運転するより5倍は疲れるよ(当社比)。途中で三戸アップルドームが見えた。すっぽり雪に包まれてた。あそこはかつてサスケがTAKAに襲われた場所。ビクターキニョネスも一緒だったかな。途中でボートピア南部も見える。今年も何回かは行きたいもんだねぇ。あいも変わらずさっぱり分からないのだけれど。

ケーキは欲しくない 甘くて 今は それより烏龍茶 のどが乾いた

サントリーの烏龍茶の消費量はワタクシ激しいものがあります。表彰されてもいいんじゃねぇか?毎日飲むよ、毎日。一日どれくらい飲んでるかは秘密。烏龍茶が日本でブレイクするきっかけとなったのは、ピンクレディーのKEIちゃんがステージドリンクとして飲んだのがきっかけ、と何かで読んだことがあるんだけどホントかねぇ。

キャッチボールがしたい。むしょうにしたい。でも、自分のグローブなんて持ってないし。グローブって高いのかなぁ。値段もわかんねぇや。昔やってたわけでもないしなぁ。

ということで、昔ピンポン部だったときの記憶というのはもはや刻み込まれて忘れられないものがある。たとえばラケットは、板と両面にラバーを張ることによって結構お金がかかる、とか。当時の価格で、全部で8000円くらいだったか。好きなラバーはタキネスドライブ。板は合板五枚合わせのもので、表は弾みのいい素材、裏は結構反発力を殺す素材のやつを使っていた。ピンポン玉は一個150円くらい。公式戦では白い玉を使うため、ユニフォームやその他リストバンドなどに白を使うことは禁止なのだよ。
ラバーを買うと、袋の中に「レッツ卓球」というとんでもなくつまらんピンポン漫画が紙で一枚同封されていた。そんなかで「日常でできるトレーニング」という話があって、階段を上るときは爪先立ちで、とあった。小学生の俺はそれを律儀に守ってたんだな。そん時の癖が今でも抜けないよ。どうしてくれるんだバカヤロウ。いまさらフットワーク鍛えてどうするっつーの。
めんどくなってきたので、卓球話はとりあえずここで引きにする。まだまだ書くことはあるんだがな。そのうちまた書きたくなったら続きを書こう。