コーポ啓21号室~偽コンビクトの日々戯言

50歳を過ぎてもまだまだぼやくぜ

3月8日の思い出

今日は3月8日で、我が青森県では、高校なんかでは卒業式。また県立高校の入試もありました。

私も91年の3月8日に高校の卒業式がありました。で、今でも覚えてますが、この日は大学の合格発表日でもあったのです。卒業式の後、岩手放送で合格発表がある、ということで、ある人(プロ野球予想にも登場している人です)の家で麻雀なんぞをしながらそれを見よう、と言うことになったのです。私はすごく嫌でした。なぜならまったく自信がなかったのです。2時試験なんて1/3を白紙で出したんですからねぇ。・・・でもあったんだよねえ。名前。冗談かと思ったよ。岩手の放送だったから写りが悪くて、ちょっと信じられなかったもんなぁ。家に合格発表の電子郵便が届いていました。その日は仏滅だったため(笑)、家族の人たちは今日開けたら縁起が悪い、と開けないで神棚に上げてたんだよねぇ(笑)。俺は受かったんだからはやく出せ、と言って受験番号を確認。妹はこういいました。「兄ちゃんはホントに運だけは強い」(笑)。母親にいたっては、「落ちて公務員にでもなってくれたほうが良かった」。おまえらなんだその言い方は(笑)。
次の日、高校の指導室に合格報告に行きました。一年の時のの担任のモクソンは「おめでとう」と言って握手をしてくれました。3年のときの担任の熊谷先生にも「良かったなぁ」なんぞといっていただきました。2年のときの担任の戸館はこういいました。「何、おまえでも受かる学校があるのか?どこだ?どうせ聞いたこともない学校だろ?何、岩手大学?冗談言うな(かなり驚きの表情とともに、こいつは明らかにうそをついている、と確信しきった目をしていた)。←なんだこの無礼者は(笑)。

しかし、今はこう思うのです。「あの時受かんなきゃ、あんなに荒れた4年間は過ごさなくて良かったんだよなぁ〜。」神様ってホントにいるんでしょうか?あれが必然だったとは思いたくねえなぁ〜(笑)。

と、今日はこんなとこですね。