鬼塚

あーん、ボウリング今日もダメダメやったな。一回だけ224だったけど、あとは140台。投げ方をいじりまくってるから、狙ったとこに行かなくてスペアが取れないんだよな。過渡期と思って耐えるか元に戻すか。

無料放送はないことが分かってしまったのでwowowに加入する。仕方がない。数千円払う価値のあるカードだ、パッキャオvsメイウェザーは。

そういうリアルな強いチャンピオンの対極と言える鬼塚のことをふと思い出した。ワタシがボクシングを見るようになったのは、もちろんはじめの一歩の影響もあるが、鬼塚vsタノムサクの王座決定戦を見たせいだったのだ。感動したとかではもちろんなくて、当時ろくにボクシングを見てなかったワタシにはどうしてもあの判定は大差でタノムサクの勝ちに見えたのに、勝ったのは鬼塚。それが不思議でしょうがなかったからであった。気になるのでボクシングマガジンなど本屋で探して読むと、僅差だが鬼塚の執念が上回った的な提灯記事ばかり。非常に納得がいかないワタシはそれからずいぶんのめりこんで見るようになってしまった。
その後の鬼塚は松村戦、カストロ戦は明確な勝ちだったものの、他の試合はほとんど負けてるような試合の連発。少なくとも確実に林戦とタノムサクⅡは負けてたと思う。李承九戦もダウンを取られて微妙な試合。薄氷といえば聞こえはいいが、薄氷は割れて無理矢理引っ張り上げたような勝利ばかりだった。当時の僕らは鬼塚がいつ負けるのかを心のどこかで期待して試合を見ていたような気がする。考えてみればのちに亀田を見てたときの心境とそっくりではあるが、鬼塚は亀田と違って声高に自分の勝利を主張したことは一度もなかったような気がする。いつもボロボロの顔で「自分は弱いチャンピオン、できることを精一杯やっただけ」と繰り返していた。見方によってはそれは亀田より悪質だと取ることもできるが、ワタシはジムや周りの人間に配慮したコメントに見えてはいた。

戦い方はいつも消極的でロープに詰まって効いてるんだか効いてないだか分からないようなパンチを当てるだけに見えた。あとは必死でブロック。そのブロックすら簡単に打ち破られていた。見てて気持ちのいいものではなかった。

そんな鬼塚が唯一世界戦でアグレッシブに戦った試合が最後に敗れた試合だ。この試合の鬼塚はなぜか積極的に攻めていた。そしていつもの戦い方では食らわないパンチを食い、ロープに詰められ意識朦朧の中滅多打ちされストップされた。壮絶な最後だった。後日の記者会見で、網膜剥離を患っていたこと、勝っても負けてもラストファイトのつもりだったことを告白し、鬼塚は去った。当時のワタシは知らなかったが、亀田と違い鬼塚は国内では非常にアグレッシブなボクシングをしていた。ヨネクラの中島など強豪とも戦い国内では一つ抜けた存在だった。昔のビデオを見ると、当時の鬼塚は非常に明るい顔をしている。世界チャンピオンでいた時代は常に闇を抱えたような顔をしていた。それが自分の眼疾のせいなのか不本意な勝利が積み重なった上でのマスコミバッシングのせいなのかは分からないが。それが負けたあとに記者会見では妙にすっきりして見えた。それが非常に印象的だった。

鬼塚の世界戦は今見返すことは全くないが、ラストファイトだけはたまに見る。あの試合はワタシは鬼塚のベストファイトだったと今でも思っている。あの試合のリアリティはものすごいものがあると思う。以下の動画の最後のほうを見て欲しい。