LONDON CALLING

青森まで車を飛ばして「LONDON CALLING〜THE LIFE OF JOE STRUMMER」を観てきました。すごく楽しみにしてて、先週の日曜くらいからこの日が来るのを待ってました。期待通りの素晴らしい映画でした。開始30秒で泣いちゃう私。

今までのジョーものの映画より、ずっとジョーの人間性を掘り下げています。クラッシュ時代のことばかりでなく生い立ちやメスカレロス時代のことも。クラッシュというバンドで生きていく上での恍惚、そして失望。もともとカッコいいだけでなくそういう人間としてのダサさもいっぱい背負い込んでる男だけに、簡単にモンキービジネスだと割り切れないジョー。そういう誠実さに僕たちは打たれるのです。セックスピストルズみたいに笑い飛ばすことも出来ず、どんどん重くなってく荷物を最後まで背負い続けて倒れてしまうジョー。本当に涙が出ます。ド田舎の30半ば男にもしっかり届いてしまう何かがあるのです。

「ひとつ言っておくが、人は何でも変えられる。世界中の何でもだ。」
ジョーはこう言います。この言葉を受けて、絵空事だと100人が100人言うでしょう。僕も真には受けるものの、実際は……。
けれど、この言葉の意味はこの言葉通りの意味だけではないと思うのです。世界中の何でもは変えられないかもしれないけれど、人は自分だけは変えられるはずなのです。それだけは確かなことで。もちろん変えることには痛みや苦痛は必ず伴いますが、それでもやらなければいけないときがあるのだとジョーは教えてくれるのです。そしてある意味、自分を変えることは世界中の何もかもを変えるのとイコールなのだと思うのです。

ロックンロールには二面性があります。単純にハッピーで最高な気持ちになれる面、そして自分と向き合わされてしまう面。この振れ幅こそが、僕を虜にしてしまう理由なのです。

それにしても、映画が始まって途中で青年が一人入ってくるまで客は僕一人。150の観客席が泣きますぜ。八戸にもいないが、青森にもロック好きの若者はいないようです。しかも上映途中で一回フィルムが止まるアクシデントもあり。外に出れば−7℃の吹雪。何から何まで心に沁みる一日でした。