コーポ啓21号室~偽コンビクトの日々戯言

50歳を過ぎてもまだまだぼやくぜ

加速してGがかかる それだけが存在証明

いくらか快方に向かってきた。セキは相変わらずひどいが、痰に血が混じらなくなってきたので、これはいいほうに向かっているのだろう。今日は久しぶりにフルで仕事をした。今日もまぁ無理をしないで早く寝よう。今まで何回ここで無理して間違ったことやら・・・(笑)。

今日は我ながら少し器の狭いことを書いてみようと思う。たまにはこういうくだらない隙だらけの話もいいだろう。

最近のカバーブームに嫌気が差してきた。最初のうちはカバー曲がリリースされると嬉しかったんだけど、こうあんまり連発して乗られるとねぇ。どこぞのアイドルとか、売れなくなったシンガーのリバイバル狙いのため、っちう嫌らしさしか見えないもんなぁ。そりゃオリジナルを歌った人は、久しぶりに自分の曲が取り上げられるのは嬉しいんだろうが、金儲けのダシにされることが悲しい人もきっといるんじゃなかろうか。バンドマンたちがカバーを取り上げる、ということは、その曲に対する愛情であって、金儲けの意識はあまりないような気がするのだが。かつて、ニールヤングがジミヘンのカバーをしたのを見たとき、カバーとはかくあるものだ、と膝を打ったことワタクシは、今のお手軽カバー時代が納得いかない頑固もんになってしまっているのだよ。そこらのジャリタレがプロデューサーにテープを聴かされて思い入れもなく歌うカバーなぞ耳障りで仕方ないのだよ。「いや、聴いてみたら感動したので、歌いました」というのなら、10年後にまだその曲を愛している自信があるか?もしそうだったなら初めてそこで謝るよ、俺は。でも誰に?あはは。

結局、音楽に対して俺は人より少しだけ思い入れが強いのかもしれない。その思い入れが足かせになってるのをよく感じますが(笑)、でも、これを知ってしまったらきっとなかなか抜け出せないんだよねぇ。世の中にはきっと俺なんかよりイっちゃった人が星の数ほどいるんだけど。きっと俺もまだまだ旅の途中だね。

今は資本主義が始まって19回目の不景気だ、と何かで読んだ。そいつは知らなかった。