追加。雑文。

ちょっと調子がよくなってきたので書き足すことにする。
サイトをふらふら巡回していたら、こんな一言を見つけた。
「最近の子供たちは本を読まなくなっているのはよく言われることだが、はたしてそれはよくないことなのだろうか?たとえば、電車の中でMDプレイヤーで音楽を聴くことと、文庫本を広げること。これはそんなに違うことなのだろうか?自分の好奇心を満たす、という点においては同じことなのではないだろうか?そもそも本を読む、ということを高尚なものとしているのは、普段本を読んでいないやつか、流行った本をたまに読んで、「読書している」と威張り散らすような人間ぐらいではないのだろうか。本当に日常的に本を読んでいる人間は、その行為自体がぜんぜんたいした事じゃないことぐらい知っているんじゃないのだろうか?」とこんな感じだったと思う。

結構共感するとこが多かった。音楽を聴くことと本を読む、ということは自分の中ではほとんど同列なんだけど、音楽を俺みたいな聴きかたしてると結構変人みたいに言われることも多い(笑)が、本を読んでるとすごい勉強家みたいに言われる。どんな本を読んでるか聞きもしないのにさ。
昔の人は(結構きつい言い方かもしれないがご勘弁)ほかに娯楽がなかったからこそ本を読んでいたのだと思う。その時代に今みたいな娯楽があったら本なんぞ読まない人も多かったのではないだろうか?
むしろ問題なのは活字離れではないと思う。本を読んだり、音楽を聴いたり、いろんなことをしていく上で育まれていく「自分なりの意見や考え方や主張」というものがない連中が増えていることだと思う。テレビや垂れ流しのマスコミでは残念ながら考え方が引きずられてしまって、なかなか自分の中で消化できることは少ないように思う。「自分」がない人と話していてもつまんないよ、俺は。一応言っておくけど、本読んだりしないからそいつがつまんない奴だ、とは言ってないよ。面白い奴はどんな生きかたしてても面白い(笑)。ただつまんない奴が多かったよな、とそんな感じ。以上。結論のない雑文でした。

だから俺はこれからもできるだけ本読んだりCD聴いたりビデオ見たり、そんなものにガンガン投資していこうと思う。好奇心を満たしていくのはある意味非常に贅沢な生き方だよね。金はなくなるけどさ(笑)。